靴底感覚

――竹内幸哉の研究日誌――

コロナ禍を好機と捉える学生・嵐が通り過ぎるのを待つ学生 【過去ログ整理】2020.09.22/11.30

SNSへの警戒心の高さ

学生のレポートを読んでいてなるほどと思ったのは、SNSに対する恐怖心や警戒心が非常に強いということ。これはメディアリテラシーなど教育の賜であろうが、過度に警戒することは、コロナ禍での情報収集や発信の機会を逃し、経験から学ぶこともできないという皮肉でもある。

@yukylab 午後9:55 · 2020年9月22日

 

コロナ禍を好機と捉える学生・嵐が通り過ぎるのを待つ学生
もう一つ。4月から半年が経とうとしている中で、新しい状況を受け入れ逆に自らアクションを起こす面白さを学んでいる主体的な学生と、いずれ吹き去る嵐のようにコロナ禍をただ耐え忍んで待っている学生とでは大きな差ができているということを、レポートを読んでいて感じた。
この差はどこからくるのか? 悲観的な学生と楽観的な学生の違いか。自己肯定感の強い学生と弱い学生の違いか。経験をメタ化してふり返る力の強い学生と弱い学生の違いか。社会的な問題と自らの置かれた状況を結びつけて考えられる学生と、自らの置かれた状況しか見えていない学生の違いか。

@yukylab 午後10:09 · 2020年9月22日

 

オンライン教育では読解力が必須

あまり言われないが、オンライン授業環境下でも受験勉強で養った非常に重要な力が役立っている。それは読む力である。履修登録からオンラインアプリの使用法に至るまで、とにかく自分で読んで正確に理解しないと何も始まらないのがオンライン授業である。隣で教えてくれる学友がいないのだから。

@yukylab 午後10:17 · 2020年9月22日

 

社会と自分との関係を考える学生・狭い対人関係にしか関心がない学生

我々はコロナ禍で、自分-家族-地域-国家-世界という社会との関係性を意識せざるをえない。狭い対人関係(=島宇宙)のことにしか関心がいかないと言われている一部の若者が問題視されて久しいが、否が応でも社会的なものへと関心をもたずにはいられないという状況を呈している。
そうした状況だからこそ、アンテナを高くして情報をとりに行き、自ら深く考え、選択し判断をくださなければならないことが多々出てきている。何しろ、誰も直面したことのない世界が今年になって突如出現したのだから。
僕など大学時代はひたすら音楽の虫と化し、社会との通路は限定的だったから偉そうなことは言えないが、いまの時代、社会との関係性をメタに捉えて、自分を位置づけていくことなしに、自らの人生を自力で切り拓いていくの難しい。
感覚的には、そういう力をもってどんどん成長している学生もいれば、あいも変わらず嵐が通り過ぎるのを待っているだけの学生もいる。その格差が凄まじく広がっている気がする。

@yukylab 午後8:48 · 2020年11月30日